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ここで私は一人の新米尼さんに会った。

彼女はタイ人で、エジンバラのホテルで長年働いていたらしい。ボランティアで食事を作っている人の中に何人か中国系の人を見かけたが、尼さんは全て西洋の人たち。

私がアジア人だということ(彼女は私がシンガポールから来たと思い込んでいた。そういえば、過去にスコットランドで1回、トルコで1回、シンガポール人かと尋ねられたことがあるな。ナゾ)、そして、スコットランドに住んでいるということから気に入られ、一緒に窓拭きをしようと誘われた。
お互いにはしごを支えたり窓を拭いたり、交代しあいながら、お堂や宿泊施設の窓という窓を拭いていく。

彼女はゲストナンではなく、本当につい数日前尼さんになったのだ。
丸刈りの頭が初々しい少年のよう。
確か37才と記憶するが、ものすごく張り切った勢いで窓を拭いている様子からか、
とても若く見えたので伝えると、すごく嬉しそうにしていた。
若く見られて嬉しいのは、尼さんとて同じことらしい。また、どうしてこのお寺を選んだかというと
「街にも近いし、たくさん散歩コースがあるから」と私と同じような理由を挙げたのがおかしかった。

「いつもお寺での生活は、夜ご飯はないからダイエットしようと思うんだけど、なぜか太っちゃう」とも。

どうして尼さんになったのかと聞くと
「いつも自分は誰なのか、人生とは何なのかという疑問があった。そしていつも心に隙間があって、それを埋めようと働いたり、ものを買ったり、恋人を作ったり、お化粧したり。でもその隙間は、外にあるものでは埋められないことに気がついた。そこで毎日瞑想や、仏教のプラクティスをはじめて、もっともっと仏陀に近づきたかったから」とカタコトの英語で一生懸命、intenseな調子で話してくれた。

「あっ、もう行かなくっちゃ。尼は時間に遅れるわけにはいかない。しってる?尼は走れないんだよ。だから余裕を持って出ないと」という。

そういえば、あたふたと小走りで慌てふためいたり、猛ダッシュする尼さんやお坊さんは見たことがない。やはり、心の平和を得るには、形から入ることも大切だ。

今度、キッチンで働くときにパニックになって走りまわることはもとより、Fのつく言葉で悪態をつくのはやめようと心に誓った(もちろん、そんなことめったにしないけどね、おほほほほ)。

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2011.02.23 / Top↑
食事の後は、自分でプラクティスをする時間。ブディズムに関する本がたくさんあるのでそれを読んでもいい。「特にこういう修行をしなさい」とは言われなかったし運動も兼ねて街に出ることにした(ウオーキングメディテーションというのもあるよね)。
駅からタクシーで10分くらいだったと思うけれど、街までは徒歩で1時間15分くらい。

ロンドン郊外の街では、いろいろな人種の人を見ることができてワクワクした。スコットランドはやはり白人の人がダントツに多いからだ。また、嬉しかったのは、とても安い定食やさんが多いということ。普段はほとんど肉を食べない私も、香ばしいにおいに誘われてお店へ。また、夜ご飯が食べられないという心配が、余計私の食欲を刺激したということは否めない。バーガーとチップス、コーヒーを注文し大満足。普段しないことをするということがホリデーには大切ね!
   
古着屋さん、図書館に行ったあと、夜のプジャは7時半からなので、それに間に合うよう早足で歩き出す。お寺は丘の上にあるので、最後の丘のぼり15分は息が切れた。

お堂に入るとちょうどチャンティングが始まったところだった。
 
私は4-5年ほど前、イギリス人のボーイフレンドと一緒にチベット仏教のセンターに通っていたことがあった。私はブディズムにコミットしていなかったが、彼はストラクチャーのはっきりしたチベット仏教に次第にのめりこみ、ネパールにあるセンターに勉強しに行ったり、北インドでヴィッパサナーメディテーション1ヶ月コースをしたり。
私はといえば、同じインドでもシバ神のお膝元ティルバナマライへ。その後ノンデュアリズムに傾倒し、ふたりのプラクティスの違いが別れの原因になるとはその時知るよしもなかった……(というのは少しウソ)。

だからチベットのお経は少し覚えがあるけれど、パーリ語のお経はなじみがないのでただ聞いていた。そうこうしているうちに、チャンティングは終了し、サイレントメディテーションへ。

なるべく呼吸に意識を合わせ、頭を空っぽにしようとする。1から8まで数えて吸い、1から8まで数えて息を吐く、の繰り返しをやってみる。深く呼吸をしているときは思考と思考の隙間が長い気がする。
呼吸と一緒に、体の感覚、痛みを吐きだそうと試みる。はじめはうまくいっていたが、そこにフォーカスしすぎると、呼吸するのにも力が入ってしまう。
薄目をあけると、アメリカやドイツから来た若い女の子、Hさんもじっと動かずに座っていた。

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2011.02.20 / Top↑
最初の夜は、ゲストナンの集いがあった。
茶色の尼僧着を着たゲストナン担当の尼さんと、ジーンズやワンピース姿の女性たちとお茶を飲みながら話す。アメリカ、ポルトガル、ドイツ、トルコ、ハンガリー系カナダ人と国際的。最後の1人を除き、20-30代の魅力的で活動的な若い女性たち。

「ビキニにならないでください」と尼さん。なんと、お寺でビキニになって日光浴をするゲストナンがいたそうだ。そして、「お坊さんたちを刺激しない服装を心がけること。お坊さんたちは、Celibacy(性的禁欲生活)をしているので尊重すること」。
そこで、ノーブラ派と、ブラ派の間で論議が始まった。ヨーロッパに来て以来、ノーブラを通している私は少しあせる。理由は心地よくないから。
なんで、いつも男を刺激しないようにとか、考えなくちゃいけないのか?それは、「男にとって刺激的なな女になる」とかよく雑誌が言っていたような、男中心のものの見方の裏返しにすぎないじゃないの?と、私の中のフェミニストがムクムクと頭をもたげる。

後で気づいたことだが、食事もお坊さんが先にとり尼さんはあと。他にもいろいろな場面でお坊さんが優先されている。
「仏陀が男であったこと、また、アジアの男性優先の習慣が、仏教の伝統にもいきづいている。でも、私はそういうものだ、とただ、受け入れるようにしている」とゲストナン係りの尼さんは説明していた。

その後も、一般的な若い女性の服装をどう思うか、女性とセックス、性的虐待などがトピックにあがる。うーん、ちょっとステレオタイプだなと思いつつ、新入りとしては黙って聞いていた。

そこで私と同じバンガローに同日に到着したハンガリー生まれの、カナダ人、その後イギリスに移住した女性(推定60代)が
「私の若いころはミニスカートがはやって、それはとても革新的だったよ。自由を感じたもの。裸は自然の美しさなんだ。神様や仏陀は服装で人を判断なんかしないんだよ。」
言い出し、尼さんを困らせていた。
私は気づかれないように、笑いをこらえていた。

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2011.02.12 / Top↑
まず、尼さんになるお寺を選ぶにあたり、2-3のお寺をインターネットでチェック。
そこでひとつのことが注意をひいた。それは、朝の瞑想の時間。
やはりホリデイという以上、正直言ってあまり早起きはしたくない。
そこで、朝がいちばん遅い(といっても5am)お寺に決定!
e-mailを送ってみると、開きがあるという。
さらに、街からあまり離れていないので、午後は街でカプチーノを飲みながら、
修行に励んでもいいかもと思った。

1日のスケジュールは以下のとおり。
04:00 モーニングベル
05:00 朝のチャンティング(読経)とメディテーション(瞑想)
06:30 お堂の掃除など雑用
07:15 おかゆの朝食
08:15 仕事(キッチンかガーデン、ぬいものなど)
11:00 食事
13:30 Individual Practice(個人の修行)
17:00 お茶の時間
19:30 夜の読経と瞑想

お気づきのように、夜ご飯がないのが玉にキズ。

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2011.02.08 / Top↑
去年の6月頃、私はロンドンにある、タイ系小乗仏教のお寺で、3日間だけGUEST NUN(ゲスト・ナンー尼さん)になった。

ちょうど、5月の後半から6月の1ヶ月間、ものすごく忙しい時期があった。デパートメントの責任者2人(二人はカップルでもある)が1ヶ月間ホリデーに行きたい、といい、いろいろプロセスを経て私たちはしぶしぶOKを出したが、気がついてみると、私と同僚M(イギリス人、男性)しかいなかった。
そう、この一カ月は、私たち二人がバイイング、オーガナイゼーション、事務などのコンピューターワーク、人のマネージング、クッキング全てしなければいけない羽目に。

だから、この1ヶ月が終わったときは、ただ、ここから逃げ出したかったし、人に会うのもうんざりだった。どこかに行きたいけれどお金がない。すると、Mが
「お寺(Monestery)に行けば?少し仕事もしなきゃいけないけど、とってもピースフル。リラックスするにはいちばんいいところだよ」

彼は昔、3年間仏教のお坊さんとしてロンドンのお寺に住んでいたことがあり、私が滞在したお寺にも少しの間居たことがあるらしい。基本的には、あきがあり、できる範囲で寄付をすれば、尼さんと同じ生活ができるのだ。

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2011.02.06 / Top↑
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